毎日怒鳴られるパワハラ地獄の営業の仕事から派遣社員に転職したら天国だった話

毎日怒鳴られるパワハラ地獄の営業の仕事から派遣社員に転職したら天国だった話

毎日怒鳴られるパワハラ地獄の営業の仕事から派遣社員に転職したら天国だった話

れんさんは就職氷河期に自分の意志とが違う営業の仕事に就きました。

 

その仕事は完全なブラック企業でパワハラが当たり前のように行われていました。

 

パワハラが常態の営業の仕事から派遣社員に転職したら完全に地獄から天国のようでした。

 

 

今回はそんなれんさんの転職体験を紹介します。

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教育出版会社に就職したつもりが英語教材を販売する会社に就職させられていた。

大学を卒業してすぐ私は教育関連の本を取り扱う会社に就職しました。

 

しかし、実際はその会社の子会社である子供向けの英語教材を販売する会社に就職させられていたのです。

 

 

会社に抗議することもできたのですが抗議をすればその会社にいづらくなるだろうし、私が就職した2004年は就職氷河期と呼ばれており、何十社も受けてやっと受かった会社なだけに会社とトラブルを起こして辞めるのは嫌でした。

 

仮に辞めたところで他に職が見つかるとも思えなかったのと私はあまり学歴が高い大学に通っているわけではなかったのでうちの家族はとても心配していたんですね。

 

 

特に母親にいたっては事あるごとに気を遣ってくれて、一人暮らしをするときに敷金や礼金まで出してくれたんです。

 

そんな家族にこれ以上心配させたくないという思いがとても強かったので子会社への就職であったとしても親会社に戻れると思っていました。

 

 

結局、親会社には戻る事はできませんでした。

 

だからと言って親会社に戻りたいと言う思いは子会社への業務を通じて完璧に消えました。

 

 

と言うのは私にとって子会社での営業の日々はとても辛く、子会社でもこんなに厳しいのだから親会社も大して変わらないと思えるようになっていたのです。

 

むしろ親会社である教育出版会社に就職しなくてよかったと思っていたくらいです。

 

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営業の仕事はパワハラが当たり前の完全ブラックな会社だった

子会社での営業の日々は私にとっては耐え難く辛い日々でした。

 

 

意味の分からない朝礼の大声での挨拶

1日は朝礼からスタートします。

 

所長の「おはようございます!!」に続いて私たちも言います。

 

 

その際、あらん限りの大声を出して挨拶を強制させられます。

 

 

所長や先輩の基準で私たちの声が少しでも小さかったりすると「お前は元気がない。だから、結果が出せねぇんだよ!!」と先輩や所長から怒鳴られました。

 

当然、新入社員は無理やりにでもテンションを上げて出社していました。

 

 

私が所属していたのは千葉支社だったのですが、個人的には県庁所在地の支社なので大きな建物を一棟借りているようなイメージでしたが従業員は30人にも満たないものでした。

 

 

そこには新入社員は私を入れて五人配属されました。

 

そして、小さなオフィスビルのひとフロアを借りていました。

 

 

会社の指針、十則を立候補して読むことを強要される

毎日毎日あんなに大きな声を出していたので、よくほかのフロアから苦情が来なかったものだとよく思ったものです。

 

 

挨拶が終わると会社の目指す指針、十則をこれまた異常なほどの大きな声で読まされます。

 

 

読まされる際には私たち新入社員の中から一人先に読む人間が選ばれるのですが、選ばれるというよりは、立候補しなければいけないんですね。

 

というのは、会社の十則を自ら進んで読まないと言うことは仕事に対する積極性の欠如と取られてしまいます。

 

 

正直、私の中では積極性はとうに消え失せているのですが、それでも自ら十則を言わないと後でどんな仕打ちが待っているか分からないので新入社員は嫌な顔をせずに我先にと手を挙げ積極性をアピールします。

 

ほとほと滑稽な状況ではありますが、所長やほかの先輩たちはその姿を見て大きくうなづいていました。

 

 

おそらく、私たち新入社員の積極性を見ることができて安心しているのか納得しているのかはわかりませんが、とりあえず、挨拶と十則の詠唱と言う仕事をクリアするのでした。

 

 

営業成績が悪い社員は毎日怒鳴られる

そして、ここからが本当に怖いのですが、所長が前日の営業成績を発表していくのですがその際、契約がとれていない社員に対して烈火のごとく叱責をします。

 

 

私は人を殴っている姿を見たことはありませんがしょっちゅう物を投げたり机をけっ飛ばしたり、完全なパワハラでした。

 

 

今思うと所長は完全に塀の中にいるべき人だったと思っています。

 

 

売れるわけがない営業スタイル

私たちは子供向けの英語教材の販売という営業スタイルですが、ただ英語教材を売って終わりではなく、当社が行っている子供向け英会話教室に入会してもらうシステムになっていました。

 

 

英会話体験レッスンを行う時に同時に英会話教室で使う英語教材を売っているのです。

 

英会話教室自体は親会社が運営しているので親会社は英会話教室の運営で、子会社は英語教材の販売の収益で運営を行っているようでした。

 

 

そして、営業のスタイルですが二形態あります。

 

 

まずは、お子さんに英会話教室の体験レッスンのアポをとる係、そして、約束した日にお子さんのいるお宅にお邪魔して英会話体験レッスンを行い入会と英語教材の販売をする係です。

 

英会話体験レッスンなら実際の英会話教室で行えばよいと思い、先輩に聞いたことがありましたが、他の生徒がびっくりしてしまって授業に差し支えるので教室への見学や教室での体験レッスンは行っていないとのこと。

 

 

疑問には思いましたが先輩の言うことは絶対聞かなければいけないという掟のようなものが部署全体に蔓延していたのでそれ以上何も聞けず終わったのでした。

 

 

営業社員は新入社員のほかに全体の半分から三分の二くらいは英会話体験レッスンのアポを取る係でした。

 

体験レッスンのアポを取るだけと聞くと簡単に考えられる方が多いと思いますが営業手法が訪問営業です。

 

 

いきなり、見ず知らずの人間が家に訪ねてきて子供の英会話教室の話をしてきてその場で体験レッスンとはいえ申し込みのアポイントをお願いする。

 

普通は申し込みませんよね。

 

 

百歩譲って申し込みするのであればきちんと内容を確認したうえで申し込みしたいですよね。

 

または、少しでも興味のある方がいたら何日間に分けて訪問したりしてお客様の都合を見ながら提案するのであればまだ納得もできます。

 

 

しかし、私たちのやっていることはお客様の都合も考えずいきなり訪問してそのうえで説明する。

 

さらに、僕たちに渡されているのは教材の見本だけで、しかもお客様に渡すような案内などは一切持ってないんですね。

 

 

しかもその場で即決を迫る。

 

当然ながら申し込む方はほとんどいません。

 

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営業の車内でも大声で目標を言わされる

そして、営業エリアへの行き方なのですが先輩が運転する三〜四人一組でワンボックスカーに乗せられて行きました。

 

その車内での過ごし方なのですが当然車内も私にとっては、というかほかの新入社員にとってもだとは思いますが辛い時間でした。

 

 

まず、乗った瞬間に今日の目標を一人づつ言わされます。

 

それも挨拶のとき同様の大きな声で。

 

 

少しでも自信がなさげな声だったりすると先輩から叱責が飛びます。

 

もちろん本人は自信なさげに言っているわけではないと思うのですがその基準はあくまで先輩基準、つまりはこの異常な会社の基準に照らし合わされ判断されることになるので先輩に怒られないためにもキチガイのごとき大きな声で車中で目標を発表させられました。

 

 

罪悪感を感じながらの営業

いよいよ現地という名の戦場について営業がスタートするのですが当然ながら取れません。

 

いきなり訪問して「子供向け英会話教室に参加してみませんか?」しかも、体験レッスンでは実際の教室にはいかないので若干詐欺の匂いがしないでもありません。

 

 

そんな罪悪感を背負いながら私は一軒一軒回りました。

 

対象は幼稚園〜小学校高学年までなので、家の前にある遊具などからあたりをつけて訪問をすればよいと思うかもしれませんが会社の方針ではそのエリアのすべての家を回らなければいけません。

 

 

たまに親切な人は「この辺には子供なんていないから他のところに行ったほうがいいよ」と言ってくれ、実際このエリアには子供はいないのかもしれませんが回らなければいけません。

 

 

所長いわく「実際に訪問してみないと本当に子供がいるかいないか分からないからだ」とのこと。

 

そして、数字が上がらなかったら翌日の朝会でひたすら怒鳴られまくる。

 

 

残業手当という概念はなかった

そして、残業時間という概念もこの会社になかったですね。

 

というのは数字が上がらなければ帰ってくるなと言っていたので九時過ぎまで回らされましたね。

 

 

訪問営業の規則に違反しているような気もしましたが、もう完全にマヒしていましたね。

 

 

残業もサービス残業ですが、1日4時間以上、月80時間を超えていました。

 

 

それでも数字が取れず件の車内に戻ると先輩がいかめしい顔をして待っています。

 

そこではあまり叱責はされませんが車内ではひたすら今日の反省を言わされ、そんな日々の中で心身ともに病み始めていました。

 

 

今でこそそんな会社辞めればいいと思うかもしれませんけど社会を知らない当時の私にとっては辞めるという行為はとてつもなく怖かったんですね。

 

仲の良かった同期が辞めたのをきっかけに辞めることに

そんな私が辞める決意をしたのは同じく同期入社で一番仲がよかった奴が辞めた時ですね。

 

今までいろいろな愚痴を言い合っていた仲間がいなくなることはとても衝撃だったし、彼が辞めたことで気持ちの糸が切れたのかもしれません。

 

 

結局私が辞めたのは入社して半年後でした。

 

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再就職は派遣会社の事務の仕事があっさり決まる

家族も私が辞めた事を知り、また就職氷河期と言われているご時世で心配でしたが意外と再就職はあっさりとできました。

 

 

今まで営業で失敗していたので営業は絶対やりたくないと思っていましたし、重たいものを持ったりと身体を使う仕事も苦手だったのでとりあえず事務系の仕事と思って探したのが派遣会社を通しての証券会社の事務でした。

 

 

派遣社員はブラックの営業と比べて天国だった

証券会社という金融関係で数字を扱う仕事だったので仕事はやや複雑でしたが、言われたことをただやる仕事でしたし、なおかつ残業がほとんどありませんでした。

 

 

残業という概念がなくタダ働きを強いる以前の会社のような感じではなく本当に残業がないのです。

 

 

したとしても月に1〜2時間くらい。

 

ほとんどの月はありませんでした。

 

 

数年に一度の制度変更などで事務手続きがとてつもなく多くなった年でも月ベースで7時間くらいでした。

 

おそらく、時給制なので会社としてもあまり働かせたくないのでしょう。

 

 

勤務時間は9時〜18時でほとんど定時に終業だったので空いた時間をどうしていいか初めのころは持て余したほどです。

 

 

しばらくして、余った時間がもったいないので副業をしたり、資格取得に励んでおります。

 

 

さらに、良かったのは給料が営業の時よりも多いということです。

 

最も私は営業成績が悪い会社員だったので営業成績がよい人はもちろん良かったと思いますが。

 

 

そして、当然ながら朝のわけの分からない大声を張り上げる挨拶も当然ありません。

 

ただし、ミスについては当然ながらおとがめはあります。

 

 

あるのですがその時の注意にしても狂ったように怒鳴られるわけでも物を投げつけられるわけでもなく一人の人間としてこちらの人権を尊重してくださるような対応をしてくださるので涙が出るほど嬉しかったです。

 

 

それに私が怒られたりすると周りの人が励ましてくれたりと人の温かさを感じながら今を生きています。

 

派遣社員になって本当によかったと思っています。

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